今回のブログでは、最近目にした医学論文の一つを紹介させていただきます。
ご紹介するのは、米国神経アカデミーの学会誌である「Neurology」に、今年報告された「Population-based risks for cancer in patients with ALS」というタイトルの論文です(Neurology 2016;87:1-6)。
最初に病気について、少し説明します。ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis,筋萎縮性側索硬化症)とは、運動神経が変性、脱落し全身の筋肉の萎縮、筋力低下を起こす原因不明の難病です。全身の筋肉に障害が出現するため、手や足だけでなく、しゃべり、飲み込み、呼吸といったところも障害されるため、病気の進行にともない、臥床状態になることを余儀なくされ、さらには呼吸障害がでてくることから、死に至る病気です。
ここからが本題ですが、いままでの研究から、神経変性疾患と称される神経細胞が減っていく病気では、癌になりにくいことが示されておりました。アルツハイマー病(認知症を起こす病気です)やパーキンソン病(手や足のふるえ、歩行障害をおこす病気です)などが、神経変性疾患の代表的な疾患であり、これらの病気では癌が少ないことが報告されています。
今回話題としているALSも、神経変性疾患の中の一つです。いままでの研究からALSと癌の関係については、ある部位(舌、前立腺)での癌は増える、他は下がるなど、まだはっきりとしたことがわかっていないため、今回の研究に至ったということです。
研究の対象は、米国のユタ州における住民のデータベースを用いて、解析が行われました。具体的には同データベース内で、ALSと診断された人、ALS以外の人で比較を行っています(詳しい方法は、専門的になりますので省略します)。
結果ですが、今回の研究では、1,081名のALS患者が対象となりました。そのうち、114名(10.5%)に癌(悪性腫瘍)が見つかりましたが、これは比較対象群(ALSの病気でない方)と比べて、明らかに低い頻度でした(ハザード比※0.80、 p=0.014、95%信頼区間0.66-0.96)。一方、癌の部位別に見ると、唾液腺癌(ハザード比5.27、p=0.041、95%信頼区間1.09-15.40)、精巣癌(ハザード比3.82、p=0.042、95%信頼区間1.06-9.62)では、比較対象群よりALS群で頻度の高い癌であることが分かりました。
今回の結果は、いままで報告されてきたアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、癌が少ないという結果に合致します。その原因については、まだ分かってはいませんが、癌=細胞が死なない(不死)、神経変性疾患=細胞が死ぬという、癌と神経変性疾患とは、対局に位置していることがおそらく関係しており、その分子メカニズムの一部は科学的に示されているようです。
以上のことから、将来アルツハイマー病やパーキンソン病、ALSといった神経変性疾患の根本的治療薬の開発がされた時、その薬の副作用は癌となる可能性がありそうですね。
生体というのは、絶妙なバランスの上に成り立っているのですね~。
※ハザード比について
聞き慣れない言葉だと思いますが、医学研究では頻繁に出てきます。コックスの比例ハザード・モデルという統計手法の時に用いられる係数です。ハザードとは、ある瞬間における、調査している出来事の発生率と示します 。今回の研究では、ハザードはある瞬間での各群(ALS群、比較対象群)における癌の発生率、ハザード比は、ALS群と比較対象群のハザードの比となります。つまり、今回の研究で、ハザード比が1より小さい場合は、癌の発生率が対象群より小さいことを示し、もし1ならALSと対象群は同じ、1より大きい場合はALS群で癌の発生率が高いということを示します。